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補足説明! ジャンル反復横跳びパーソン

異文化交流系ミュージカルの思わぬ傑作 - 『ファースト・デート』

この記事を一言で:

クリエでかかるようなBWの作品は私のツボに刺さることが多いのですが、それにしても予想外に良い作品でビビってます。
 
 

・なんでこの作品のチケットを取るに至ったか

上演発表時から、公式サイト・公式Twitter等の情報では"初対面の異性同士が繰り広げるすれ違いラブコメディ"の要素がキャッチとして推されており、それは戦略上正しいとは思うのですが私個人のアンテナにはいまいち引っかからなくて、上演2週間くらい前までスルーしちゃってました。(「いまさら1万円超払って成人男女の恋愛あるある観てもな...」という心情だった)
ただ、曲の情報が公式からだと全く得られなかったのでふと調べてみたところ、SMASH CABARET(月イチで開催されているプロアマ混合のミュージカル・コンテスト)の歌唱動画が複数ヒットし、これらが私の気を変えてくれました。
 
 
あれ、こんな感じなの?意外だ。理想を力強く歌い上げたと思ったらそれでも諦念が抑えられなかったりと、心情の描き方が複層的で心を掴まれる。
なんかもっとこう...俗っぽくてドロドロする感じかと...
 
他にも日本語の歌唱動画がヒット。
主人公の男女2人がお互いの距離感を探りながら相手の第一印象を赤裸々に歌う「First Impressions」。
 
カラッとしてる〜!
お互い抱いている偏見や勝手なイメージがとにかく勝手で容赦ないところが笑える。「相手に見せる顔」と「思っていること」が行き来するのも楽しいし、駆け引きも緊張感あってイイ。
 
この2曲の印象がかなり良かったのと(歌い手さんが素敵でした)、キャスト陣も安心できる布陣だったこともあり、勢いで初日に駆け込むことに。
 
 

 

 

・感想

(初日に唯一アップされていたゲネプロの動画)

結論、めっっっっっっっちゃくちゃ好きなやつでした。
最悪、「脚本にピンと来なくても曲がよければミュージカルとしては可食部があるからいいや」くらいの心持ちで劇場に向かったのですが、正直ここまで気に入るとは...って感じです。たなからぼたもちです。
 
 
好きポイントその①:邦案控えめ、でもゲラゲラ笑える
舞台好きの間ではたまに「初めての人には何を観せるべきか」という会話がしばしば交わされますが、私はこの作品も選択肢としてアリだな〜って思っちゃいました。
 
まず、ちゃんと「コメディ」の部分が面白い。
アメリカ・イギリスのコメディ作品って、日本の観客にはピンとこないギャグや流れで場内がシーンとなることが常に不安要素として付き纏うのですが、今日のクリエは最初から最後までドッカンドッカンでした。びっくり。
翻訳の忠実度については原語版を観ていないのでなんとも言えないのですが、少なくとも日本向けの脚色っぽい箇所(所謂FKD演出にありがちな)は殆ど見受けられませんでした*1。終始ウィットに富んだ真っ向勝負のジョークです。
この作品、主人公である二人の男女、アーロンとケイシー以外の人物は複数の役を担当し、しかもそれが脳内の元恋人だったり脳内の未来の子供だったり挙句の果てにSNSだったりします。要するに無機物だったり元カレの脳内イメージだったり全く架空の存在が入れ替わり立ち替わり飛び出してくるわけですが、単純にコレが観てて楽しい。基本的に主人公二人のレストランでの会話が尺の約80%を占めるのに、脳内の色んな奴らがやたらと二人の行動・言動に影響を及ぼしてくれるから、広がりがあって飽きないんですね。しかも、ちゃんと「今出ているコイツが誰のなんなのか/実在かイメージか/どういうスタンスで見ればいいのか」が整理されているので初見でも置いてかれることもなく。リアリティラインがナンセンスな方向に規定されるのでドラマとナンバーのギャップもなくなって良いことづくめでした。
 
 
好きポイントその②:相互理解の過程で呪いを解く
作品中のブラインド・デートは、お互い初対面の状態から、探りを入れながら「次につながるか」を見定める儀式とされています。マッチングアプリ等で初対面でのデートが身近になった今の世の中では実感レベルで身に染みている方もいらっしゃると思いますが、最初の対面でカドの立つ話題(主に政治・宗教・過去の恋愛遍歴など)が基本的にNGなのは肌感覚でわかります。
しかし、アーロンは初めてのブラインド・デートかつ結構無自覚に失礼なので、開始数分で元カレの話題を振ったり、宗教の話題を振った結果ケイシーの両親がバリバリのカトリックなのが判明してしまい、ユダヤ教徒のアーロンは「将来息子に割礼をさせられないかも......」と延々ウジウジします。
 
でもそれが結果的に功を成してお互いのメッキは徐々にはがれ始め、「First Impressions」での第一印象とは違った姿が徐々に露わになり始めます。
これがこの作品の結構ミソなところで、この二人はブラインド・デートという表層ですべての決着がついてしまう場における生存戦略として、ステレオタイプな理想の男性/女性の面で自分を覆い隠そうとしています。でもその隠し方がなんかズレていたりウザかったりするところが笑いどころなのですが、これってフィットしない性役割に無理やり自分をはめ込むことのどうしようもなさを表してるようにも見えて、この作品の受け皿が思っていたよりも広いと感じた部分でした。ハンバーガーとチョップドサラダのくだりとか、すごく象徴的で良いですよね。
 
 
好きポイントその③:楽曲と役者
ロック・バラード・ラップなどいろんなジャンルの曲が矢継ぎ早に変わり、ここでも展開が多くて楽しいという感想に。特に植原卓也さんのラップがちゃんと一音も漏らさず聞き取れるのはすごいなと思いました。あと『キューティ・ブロンド』のときも思いましたが、ウェイター役の長谷川初範さんはミュージカルが主戦場ではない筈なのにミュージカル歌唱が上手いし、前の『キューティ・ブロンド』でのセクハラジジイ役とは違って今回の役柄には子犬のようなお目目がとても似合っており、すごくチャーミングなおじさんを演出していました。 
 
ちなみにこの作品のOCRは現在Amazon Musicなどのいろんなところで配信されています。日本からでも聴けるので予習に最適...なんですが、今回の日本版、OCRにない曲が2曲存在します。「The World Wide Web is Forever」(M7)と「Can't Help But Love Me」(M8)。上演してるうちにどっかのバージョンで追加になったのか、初演からあったけどOCRになかっただけなのかは調査中です。ただこの2曲は音源自体がないので、後追いするためにはアマチュアの公演動画や歌唱動画を漁るしかありません。ファースト・デート七不思議の一つ。
 

・そろそろ締めます

2023/01/19~2023/01/31まで上演中。なんと1週間ちょいしかないらしい。地方公演もないらしい。ぜひ再演してほしいと今から言っておきます。
作品もキャストも演出もよくて、おまけに残席もまだそこそこ残ってるので興味のある方・迷っておられる方はひとまず一度「観る」に倒してもよいと思います。
 
そういえば劇中出てきたお酒や食事、キャストが実際に飲食していたのはちょっとびっくりしたなぁ。舞台上でほんとに食べてるのはあまり観たことないよなぁ...

*1:SNSで互いの黒歴史を掘り合うシーンで、村井良大さん演じるアーロンが高校の学生演劇で『RENT』のモーリーン役だったことが暴露されますが、コレが『RENT』なのはこの日本版だけのようです。多分村井さんがマーク役だったことによる小ネタです。笑ってる方もそこそこいました