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補足説明! ジャンル反復横跳びパーソン

『カム フロム アウェイ』 は東京以外に5府県もツアーするし月額900円一週間無料のApple TV+で配信もしてるので実は敷居がかなり低いぞ!

2024/03/08 ソワレ 日生劇場


演出:Christopher Ashley
脚本・音楽・歌詞:Irene Sankoff / David Hein
翻訳:常田景子 訳詞:高橋亜子

 

(四季以外のミュージカルはじめて最前センブロで観た......)
 
 
2001年9月11日。ニューヨークで発生した同時多発テロによってアメリカの領空が一時的に封鎖された。一方、カナダの最東端に位置するニューファンドランド島・ガンダーの住民はお互いが顔見知り。いつもの日常を過ごすはずだった島民たちのもとに、突如38機もの飛行機が押し寄せる。領空封鎖によりアメリカへ着陸できなくなった数多の飛行機が緊急手段としてガンダーの寂れた国際空港に次々と降り立ったのだった。人口約1万人の島民たちは、人種・宗教・言語などがバラバラな9000人超の「カム・フロム・アウェイズ」を迎えることとなってしまう。寝床は? 食事は? 機内に残されたペットの世話は? 非英語話者との意思疎通は? トラブルと例外だらけの異文化交流は、"迎える者"と"訪れる者"の間に奇妙な絆を産み落としていく――
 
 
自分がこの作品を知ったきっかけは、日本ではWOWOWで中継された2017年(えっ、そんなに前......?)のトニー賞授賞式で披露された『COME FROM AWAY』のオープニングナンバー「Welcome To The Rock」。普通のキャップやチェックシャツ、ジーンズなどに身を包んだ体型も年齢も異なる12人の老若男女が、ケルティックな劇伴に合わせ足でビートを刻んでいる。子どもの送り迎えについて軽口を交わす妙齢の主婦に、スピード違反をネズミ捕りする中年の警官。ミュージカルのパブリックイメージにはそぐわない飾りっ気なしの会話を交わしながらも、「自然災害も送りやすく、派手な生活も送れず、時には愛する人も失う。それでも、自分たちこそが名もなき島民である」と高らかに宣言していぶし銀なタップを踏む。その有無を言わせない"凄み"がめっっっっっちゃくちゃカッコよかった。トニー賞授賞式そのものを初めて観た自分にとって、「今のブロードウェイミュージカルってこうなんだ」と強く印象付けられたパフォーマンスだった。
 
 
そんな作品がついに日本人キャスト(またまたまたまた『DEAR EVAN HANSEN』より先に……ってかこっちはいつ来るんだろう)で上演。主催はホリプロステージ。こういった新進気鋭のBW作品の輸入、ついこの間までは東宝シアタークリエで独自演出でやるか or ホリプロがレプリカでやるかの2大巨頭だった気がするが、最近のクリエのラインナップを見るにもう東宝はあまり積極的じゃないのかもしれない。事情は察せられるけれども。ホリプロが版権を取ると、開演前に一曲まるまる歌唱映像を公開したり、作品の解説映像をふんだんに用意したりと、作品内容を押し出したプロモーションに励んでくれるのが嬉しい。特に今回のCFAは公式動画が追い切れないくらいの分量で、これらに加えApple TV+のBW版本編を観るだけでも作品を充分堪能できるので、公演期間中に観られない方もオススメ。
 

 
100分間、約100人を、12人のキャストで演じ切る。例えばレミゼでも場面によってはプリンシパルが群衆に混ざってLook Downしていたりするが、それを100分間ずっとハイテンポで走り抜けるような印象だった。比較的最近のブロードウェイ作品なのでもちろん暗転なんてものは存在しない。意外とミュージカルが苦手な人も観られる作品だと思う。「ミュージカルに免疫がない人にも勧められる作品」って色んなアプローチがあるよな〜と常々思っているけど、CFAは「場という概念すら疑うほどの緻密さで、もはや合間に挟まる歌をノイズに感じる暇すらない」という、珍しいタイプ。
日本版の、右を見ても左を見ても著名で"市井の人々"感が薄い個性つよつよキャスト陣は発表時に議論を呼んだけれども、蓋を開けてみれば全員が均一に高レベルな歌と演技力で、しかし誰かが誰かを喰うこともなく、多少の好みはあれどすごくバランスよくまとまっていたんじゃないか。もちろんより作品に則したベストな形を追い求めてほしくもあるけれど、ここまでゴールデンキャスト揃えて全席完売していない現状を見るとどうすれば実現可能性があるのか考えあぐねる日々でもある。
 
そりゃまぁ、どうしても難しい部分もあった。鈍感な自分は加藤和樹演ずる警戒心の強い男性CFAsに対して「そりゃ急に知らん地域の知らんおっさんの家にあがることになったら警戒もするわな」という理解で観ていたので、彼が黒人であることはBlueskyでの岡田育さんの投稿で初めて知った。「なんで彼が『背中を見せたら殺される』と思っていたのかもっと考えていれば......」という自分の観察眼への惜しさとか、「この作品に関しては(たとえ縦軸に影響がなくとも)人種の情報はできれば取りこぼしたくなかった」とか、ちょっと頭がぐるぐると......。そもそも元々の作品が観客に小さな補完を常に要求するスタイルなのに加え日本版は2分ごとに様変わりする登場人物それぞれにオリジンも当てはめる必要があり、ヴィジュアル的なわかりやすさはどうしても欧米キャスト版に軍配が上がる。
念のため、ここで言いたいのは「わかりやすく示せ」でなく単に「難しいなぁ......」というぼやきである。少なくとも『パレード』の黒スカーフとか、『ラグタイム』の白人と黒人で衣装を分けるなどの処置は(たとえレプリカ演出でなくとも)この作品に限ってはなんか過剰な気もするし、「先進的な価値観を持つ白人男性を演じる俳優が、ひとたび帽子を被ればイスラム系の被差別者に転化する」という核は原語版とそう変わっていない。何より、顔にドーランを塗りたくらずに「不信の一時的停止」を観客に委ねる選択をしたのはめっちゃいい判断だと思うので、総合的に今できる範囲では良い塩梅なんじゃないかなぁ、という感想に落ち着いた。
 
自分にとって9.11は物心がまだついていない頃に起こり、後年詳細を知った歴史上の事件、という認識だった。2棟のビルが崩れ落ちる映像をその時期に観た記憶すら全くないので、そういう意味では自身と似た年齢の子どもが標的となり周りの大人たちの不安がダイレクトに伝わった附属池田小事件の方がまだ朧げである。
「9.11のミュージカルと知れば観に来てもらえないかもしれない」と製作陣も感じており実際に難色を示すサバイバーの方もいらしたそうで、凄惨な被害描写みたいなものは必要最小限(≒遠く離れた街にいる人が間接的に受け止める範囲)に抑えられている。その上で作品のトーンが重くならずに軽快さを保てているのは、史実をサブに置いてひたすら個人的な体験・感情に軸足を置いているからだと思う。テレビで惨事を追うことしかできない無力感。思わぬ相手と気持ちが通じ合ったときの高揚。肉親の安否がわからない不安。客人を見送ったあと、前となぁんにも変わらない筈なのに「何かが欠けた」と感じる。先日「遠方からの訪問者に自ら手料理を振る舞い同じ食卓を囲む」ということを5,6年ぶりに経験したとき、「港が欲しけりゃドアは開いてる」の構えでいることが思ったより自分の心を揉みほぐしてくれることに気付いた。それで相手も喜んでくれりゃ、なおよし。
 

 

 

日生劇場で3月29日まで上演後、大阪・愛知・福岡・熊本・群馬をツアー予定。

horipro-stage.jp

Apple TV+で日本語字幕版を配信中。

カム・フロム・アウェイを視聴 - Apple TV (日本)