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補足説明! ジャンル反復横跳びパーソン

『クラユカバ』『クラメルカガリ』各60分にぎゅぎゅっと凝縮された濃厚なエンタメを、ぜひ劇場で体感してほしい話

取り急ぎ伝えたいこと

『クラユカバ』という、ズボラな探偵(演:六代目神田伯山)が地下世界でドンパチする映画があります。講談・落語調の台詞回しが最高です。
『クラメルカガリという、成田良悟原作のジュブナイル + わいわいがやがや群像劇な映画もあります。ハートフルで喉越しが良いです。コミカライズもあります。
・暴力的なシーンはありません。戦車とかダイナマイトとかバンバン出てくるけど、人が(直接)死ぬシーンはありません。全年齢対象・注意喚起不要(ここ重要)。
・面白いので、売れてほしいです。続編が出てほしいです。今もすごく盛り上がってますが、もっと盛り上がってほしいです。
・明らかに映画館で観ることを意図した演出・音響なので、映画館で観られるうちに観てほしいです。
 
 
 
ある程度のネタバレを含みます。核心的な部分には言及しませんが、一切の前情報を入れたくないという方は、ここから先は......有料で。
 
『クラユカバ』『クラメルカガリ』 2024/04/12 鑑賞
『クラユカバ』『クラメルカガリ』原作・監督・脚本:塚原重義
『クラメルカガリ』原案:成田良悟
 
 
 
 

『クラユカバ』『クラメルカガリ』とは?

4月12日(金)に公開された二本のアニメ映画。『ウシガエル』『端ノ向フ』など、2000年代前半よりインディーズ・短編作品というフィールドで活動してきた塚原重義監督の初の劇場長編作品にして二本同時公開。
 
松田優作的ズボラ探偵が潜り込む胡乱な地下世界、伝奇ホラーのかほりが仄かに漂う『クラユカバ』と、成田良悟の小説をもとにしたジュブナイル + ハートフル(?)群像劇『クラメルカガリ』。
両作に共通する特徴は、「クラガリ」というワードと装脚戦車によるドンパチ(なお人は死なない)、大正ロマンと昭和レトロが混じり合った独特なアートに、落語・講談調の軽妙なセリフ回し。
 
同じ世界・同じ年代を舞台にしながらも対照的な作風の二作品は、どちらから観てもよいし、どちらだけ観てもよい。一作ごとに約60分。今日は帝劇、明日は三越。好きな鑑賞スタイルを選べる、現代人に優しいレトロ・ファンタジイです。
 

『クラユカバ』

巷を賑わす犯人・目的・手法すべて不明の「集団失踪事件」。唯一の手がかりは犯行現場に残された不気味な"轍"。貧乏探偵の荘太郎は、ひょんなことから集団失踪事件の謎を追い始め、街の地下に建立されている「クラガリ」に潜入する。ヒトも、モノも、何がどこまで潜むか全くわからない地下世界を探索する荘太郎は、クラガリを走る装甲列車と列車長タンネに邂逅。長くクラガリを走ってきたタンネの忠告は、日なたの世界から足を踏み入れた荘太郎の脳天を突く。
「クラガリに――曳かれるな」
 
 
走り出したら60分、スタッフロールが流れるまで止まらないジェットコースタームービー!!
慣れ・ダレ・崩れが一切ない、全体的に軽妙な語り口で進むエンタメ映画です。
観た後の気持ちを例えるなら、ハイテンポな海外戯曲に小一時間取っ組み合ったあとに感じる妙な清々しさ! ワンカットごとの情報量が半端なくて、自然と観客も取りこぼすまいと必死に食らいつく。
でも実際に観てみると「この膨大な場面転換とセリフ量、それらを捌きながらちゃんと話の筋を観客に理解させてるの、やってること凄くない??」と思います。物語の根幹が割りとシンプルな「行って帰る」文法なのも作用してるのかもしれません。
塚原監督の短編での話運びが割りとそのまま継承されているので、気になる方は短編で試しておくのもいいと思います。『端ノ向フ』とかいいかも。でも、ちょっと怖いしヒトは死ぬよ。きをつけてね。
 
他にも大きな特徴として、めちゃめちゃ「芝居を観た」って感覚になりました。
主演の荘太郎を演じたのは人気講談師の神田伯山。他の芸事に従事されている方が声優をすることについてはいつの時代も議論を呼びますが、伯山さんの荘太郎はこの声以外考えられないくらい最高です。伯山さんが主演を務めていることがそのままこの作品の特色になっていると感じます。
伯山さんの常にいい感じに肩の力が抜けて飄々とした喋り方が、「いつもはひょうきんで、でも時にはカッコいい」という荘太郎のキャラクターにすごく合っていて、あまりにもマッチしてるものだから不思議と観てる間は「神田伯山が演じている」ことを意識しなくなるんですよね。
荘太郎ってちょっと目が垂れてて不器用な感じを醸し出しててそれが私の庇護欲を掻き立てるのですが(知らんわ)そのルックスに伯山さんの静謐な低音が重なるととても良いギャップが生まれるのです。
あと映画館に伯山先生の声がこれだけ長尺で響く機会もそうそうないじゃないですか。講談って基本映画館で流れないので。ゆえに、映画館で観るのがオススメです。
監督の演技ディレクションなのか、声優を本業とされている方もすごく湿度抑えめの話し方を貫いています。タンネ(黒沢ともよさん)も一瞬俳優さんかと錯覚したくらい徹底されています。演技のトーンがすごく生芝居に近い。
間の取り方や台詞の被せ方、質感としては朗読劇に近いものがあり、普段アニメをあまり観ない方も馴染みやすいと思います。監督と縁深い活弁士の坂本頼光さんが兼役で参加し、劇中活弁調のナレーションがガッツリ入るのも特徴。映画館で観ると「あ〜、活動写真を観てるなぁ」感がすごい(?)です。
 
クラいシーンもありますが、基本的に楽しい映画です。後味も爽やか。
いい意味での自主制作感があり、あらゆる損得を可能な限り度外視して観客を楽しませようというサービス精神に満ち満ちてるのが画面から伝わってきます。直接人が死ぬシーンはなく、暴力描写も必要最低限に抑えられてて観やすい。戦車や銃のドンパチもありますが、民間人を一切巻き込まずやりたい奴らが勝手にやってるだけなので大変景気がよろしい。
個人的にはとある何でもないシーンで唐突にウィルヘルムの叫びがすっっっごくマヌケに挿入されたのがツボで、「コレわざとやってない......?」という期待を抱いてたらオーコメの該当シーンでちゃんと監督とPが大爆笑してて安心しました。
あと、いいメインテーマは何度もリプライズしてほしい派のヒトに朗報なのですが、この映画はいいメインテーマが何度もリプライズします。ゆえに、この作品は映画館で観るのがオススメなのです。
 
 

『クラメルカガリ

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「泰平工業 日ノ出炭鉱」――通称"箱庭"。監獄に端を発し炭鉱業で急激に発展したこの街は、地盤ぼこぼこ穴ぼこだらけ。お上の管理も行き届かず常に地形が変容し続けるこの街で、地図描きを生業とするカガリ。同年代で同業者のユウヤと一緒に大坑道の地図を描く日々を送るなか、街の奥底に潜む陰謀に巻き込まれることになる。頼れる大人は、情報屋稼業の"伊勢屋"と狛犬市場のドン"栄和島"。箱庭全体を巻き込んだ大騒動の果てに、カガリとユウヤの運命や如何に!?
 
 
『クラメルカガリ』は、出自がそもそも特殊です。『クラユカバ』もじゅうぶん特殊ですが、それに輪をかけて。
『クラユカバ』の製作に向けたクラウドファンディングに小説家の成田良悟さんが出資したことをきっかけに、『クラユカバ』のスピンオフとして成田さんが執筆された小説が『クラメルカガリ』。それを原案として『クラユカバ』と同ボリュームの映画として製作(どういう発想で?)、驚天動地の二作同時公開へと至る。
『クラユカバ』と比べて伝奇要素は抑えめに、いろんな立場の大人たちが一つの事件をめぐって好き勝手に暴れ回る群像劇と、それに振り回されつつも懸命に生き抜くふたりの子どもの姿が描かれる。直接的な相関関係もほぼないので、どちらから観てもいいしどちらだけ観てもいい。クラガリは、自由だ(?)。
 
ちょっとご容赦いただきたいのですが、ここから先、「良い」「好き」というワードが異常なほど増えます。『クラユカバ』はその映像・芝居に息を呑んだ一方で、『クラメルカガリ』は理屈抜きで観客の心をガッシリ鷲掴みにする性質を持つので、私はちょっとどうしようもなくなっちゃってます。筆に起こすのが難しいタイプの「良い」で、変に類語をこねくり回すよりもう「好き」と言うしかないタイプの「好き」が溢れ出てるので、お見苦しいとは思いますが、何卒。
 
自分は元々ジュブナイルものが好きで、今も最新の児童文庫やYA小説を愛読しているタチです。理不尽な現実に立ち向かったり、自分の悪感情に不器用ながらも向き合ったり、対話によって考え方の違いを乗り越えたり、乗り越えなくともそれなりの折り合いをつけていくお話がすごく好きです。
この作品、すごくその息吹を感じます。いや、スジモノも実銃も装脚戦車も出てくるし時にはダイナマイトとか投げたりするんだけど、でもでも作品の根底に流れる倫理観がすごく...良いのです。子どもが危ないことしてるのも、ちゃんと本来やっちゃ駄目なことだよって明示してるし。カガリとユウヤの関係性の描き方、好き好き大好き。私が好きな関係性ってことは、この二人にはとある異文化理解の要素があるのですが、それを掘ると核心に抵触しちゃうからあまり詳しく言えないのがもどかしい......大手を振って語りたい......
 
というかこの映画では潜入したり人を救出したり己の道を切り開くといったヒーロー的行動をことごとく(ユウヤでなく)カガリが担当してて、そんなところも好きです。あと、大人がちゃんと子どもを庇護するところ。伊勢屋の旦那...好きだ...
 
先ほど「心を掴まされる」と書きましたが、私の場合は、後半のあらゆるシークエンスで畳み掛けるように、何度も何度も何度も心を揺さぶられて、スタッフロールもロクに観られず、涙が引かないので逃げるように丸の内TOEIをあとにしてその後のことは記憶にございません。その心中はすごくパーソナルで、文章に起こしたところでうまく伝えられる気がしないし、それを書き起こす過程で何かが削ぎ落ちるような気がしてなりません。あとネタバレになる。それでも何か書けることがあるとすれば。
急に自分語りをすると、私は誰かが作った文章やデザイン、創作物をくらべてけみするお仕事で生計を立てているのですが、この映画での「紡ぎ」というお仕事の描き方が仕事人としてモロにクリーンヒットしたところはあると思ってます。
あ、「紡ぎ」というのは架空の職業で、常に道ができたり消えたりと流動し続ける"箱庭"の地形を地図に描き記し、しかるべきところに納品するお仕事のことです。カガリもユウヤも、実際に街を歩いて変わったところがないかをチェックしたり危険な坑道に潜ったりと、裸一貫でそれなりの苦労をして働いてるみたいです。
ペンを滑らすのが仕事だけど、創造的な匂いはそれほどしない。確実に人の役には立つが、どこか賤業っぽさも拭えない。いったん自分の手を離れたら、その行方にタッチすることはない。うん、どことなくシンパシーを感じるような......?
ちなみに、ユウヤは「紡ぎ」の仕事を稼ぐ手段としか捉えてません。一方カガリは......このようにカガリとユウヤで仕事への向き合い方が異なるのもよくて、後半でそのズレが効いてくるのも好き。そのズレをも内包して突き進むラストの展開のひとつひとつに私の心は押しつぶされる。怒涛のハイテンポの前には悲鳴をあげる暇もなく、大げさでなく十数秒ごとに10tのエモがズン、ズンと積み重なっていく。だ、だれか。助けて。しぬ。
 
まぁ全然ここまで入れ込まなくても大丈夫なんですけど、伊勢屋と栄和島という腐れ縁の超絶顔良男とか、凛とした大人の女性のシイナさんとかちんまりかわいい飴屋さんとか、あらゆる方面に刺さるキャラクターが勢ぞろいし少し古風で上品な言葉遣いをしながらお互いがお互いの得意分野で暴れます。
なので、『クラメルカガリ』は『クラユカバ』より若干キャッチーめです。
 
 
ちなみに『クラメルカガリ』にはコミカライズ版があります。MAGCOMI(WEB)とコミックガーデン(雑誌)で連載中。
映画にも原画等で参加された彩naTsu先生が漫画を担当しており、同じく映画に参加したスタッフ陣がアシスタントとして参加されている、なんかすごい布陣です。元はといえば私は先生のファンで、映画自体もコミカライズの告知を機に知った人間なので、私にとってはそもそも映画を観るきっかけなのです。
単体で一本の漫画としても面白く読めます。映画と見比べるとわかるのですが、台詞・お話の構成がすごく丁寧に変更されていて「観る・聴く」から「読む」媒体にちゃんとチューニングされてるの、読者への気配りが行き届いてて好きです。
コミカライズならではの良さもあり、第一話では竪坑内でのカガリとユウヤに追加シーンが約6ページも。カガリとユウヤのゆっくりと流れる時間と心の機敏の描き方がとても絶妙で、私の好きなジュブナイル要素がさらにマシマシになりました。ユウヤくんがいじらしさを見せる細やかな表情の動き、ほんと天才なのでぜひ一読してほしい。ユウヤくん、すきだ......
まずはWEBで気軽に読むのが良いと思いますが、より臨場感を味わうならコミックガーデン本誌で読むのもオツなもの。暗さの勾配の変遷に伴ってページの重量に差が出たり、読んだあとに手にインクがついたりするの、妙に作品とマッチしてる気がしてて楽しいのです。
 

おわりに

ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。曳かれそう曳かれそうとは思っていたのですが、まさかここまで曳かれてしまうとは......
数ある魅力からどこをかいつまむかに迷いつつ、私は私なりの推し方をするしかないので、もしこの散文がどこかの誰かのフックに引っかかれば嬉しいな、と。
『クラユカバ』『クラメルカガリ』は現在公開中。この二作に限らず、今後制作陣がその作品世界をさらに広げようとする気運をひしひしと感じるので絶対応援です。みんなクラガリにおいで......
コミカライズも含めるとまだまだ作品世界をじっくり楽しめそうなので、今が曳かれ時だったりするかもしれませんね!
 
 
 
【入り切らなかったお話】
『クラメルカガリ』には、2024年3月にご逝去された寺田農さんが朽縄(くちなわ)役で出演されております。
3月末に本作の追加キャスト発表の告知が出るまで、(一部の選ばれた人を除いた)全人類が、寺田さんの最後のお仕事は『ウルトラマンブレーザー』であると思っていたハズで、『〜ブレーザー』では悪役として大立ち回りを見せながらも、罰を受ける/受けない以外の形でその顛末を見せたのがとても良かったなぁと思ったのですが、一方の『クラメルカガリ』では善玉としてすごく良い役をいただけてて、特にとある「寺田農無双(としか今は言えない)」の爆発力は凄まじいものがありました(非殺傷兵器で殺傷兵器を制圧するのも最高だった)。他者の往生に勝手に意味を付与するような真似は避けたいところですが、直近のお仕事が奇しくも実相寺イズムを受け継ぐ二作だったのはこう、傍目には良き巡り合わせだったのでは、なんて思ったりもしました。
あまり関係ないですが『クラメルカガリ』は往年の怪獣映画パロが多いのが嬉しくて、元ネタがわかったオタクはすぐ早口になっちゃう。ほら見て、あれは大映だよ。