2024/5/11 マチネ 日生劇場
2024/5/25 マチネ 日生劇場
脚本・演出:上田一豪(劇団TipTap)
音楽:アンジェラ・アキ
昭和20年、広島・呉の北條家に嫁いだ浦野すずは、ある日空襲に巻き込まれ重症を負った。絶望を抱えるなか、夫の周作や妹のすみの励ましで、自身の楽しかった記憶を回想する。同じクラスの男の子とふたりで見た波のウサギ、周作との結婚生活、白木リンとの友情ーー太平洋戦争下、死が身近となり灰色に染まった世界で、すずは自分なりの方法で居場所を見つけていく。
こうの史代による人気漫画を原作とした、東宝オリジナルミュージカル最新作。初報の段階ではあまり注目している作品ではなく、観に行こうという気もそれほどなかった。理由はいくつかあるが、初報で出た情報がキャストのみで、演出と音楽が開示されなかったことにあまり期待を見出せなかったんだと思う。
そんななかチケットを取ったきっかけは、上演直前に発売・サブスク配信された「アンジェラ・アキ sings 『この世界の片隅に』」を聴いたこと。この作品の音楽担当アンジェラ・アキの10年ぶりの復帰作にして、ミュージカル楽曲を自身でセルフカバーしたアルバム。Spotifyに配信されていたのをふと聴いてみたところ、これが個人的に大刺さりして、一気に「これはチェックせねば」と思い直した。
そもそも現状の日本オリジナルミュージカルは、初演にかかわらず開幕前は(下手すりゃ終わったあとも)一曲もフルで聴けないことが当たり前の険しい環境。音楽が肝のジャンルなのに、肝心の劇伴がわからないままチケットを取らないといけない。そんななか音楽家本人によるカバーとはいえ、事前に10曲も聴けてしまう作品なんてそうそうない贅沢なのだ(1曲ボツになってるが)。朝番組に出たりTHE FIRST TAKEに主演2人を交えてパフォーマンスするなど、初報の出し惜しみが嘘のように幅広く露出された。アンジーパワー、おそるべし......
もちろん楽曲自体もすごく良かった。今までの大規模オリジナルミュージカルでは、海外のクリエイター......まぁぶっちゃけワイルドホーンかハウランド次点でドーヴ・アチアなどがナンバーを書き下ろし、それを日本語に訳す手法が主流だった(『四月は君の嘘』『生きる』など)。一方で、完全に日本で活動する日本人の方に依頼する方法もある(『SPY×FAMILY』『のだめカンタービレ』など)。
アンジェラ・アキがそのどちらとも違うのは、元々日本で活動していた日本語ネイティブの音楽家が、自身のキャリアを全ストップしてまでミュージカルを学ぶために渡米したこと。「BW式のミュージカルを勉強した音楽家」が「日本語での歌唱を前提として」作られたミュージカルって他にあるだろうか? 自分は思いつかない。あったらぜひ教えてください。
ミュージカルの王道をちゃんと押さえて、なおかつポップスなので、一人のアーティストによるアルバムとしても成り立ち、シングルカットしても様になる。ミュージカルの作り手としての経験はないけど、多分この水準を実現するのはものすごく大変だ。国産ミュだと「一曲一曲は良いんだけど単発で、二時間長の芝居で流れていった際のシナジーをあんまり感じないな……」みたいなことをよく感じており、かといって今の日本ではそれを埋める地盤が(個人どうこうではなく構造として)整っていないのはあらゆる証言から察せられるので仕方がないこととして受け止めている。が、この作品にはそれを感じなかった。作中への挿入も手馴れてて、特に「波のウサギ」のリプライズの節操のなさは楽曲が持つパワーをはちゃめちゃに引き出してて良かったと思う。
演出は東宝の常連・クリエの怪人、上田一豪。
・帳面にプロジェクションマッピングですずの絵を投影
・盆がスライドして八百屋になり、奈落との隙間ができる
・舞台外に張り出しを配置する("帳面の外"を表現)
と、作品モチーフの豊富なギミックが詰め込まれてるのが楽しい。特に舞台背面の帳面を三段活用した後半のギミックは(心の中で)作品の盛り上がりも相まってすごく自分の中で盛り上がった。演劇のプロジェクションマッピングは書き割りの代替に終始するパターンが多くてあまり好みじゃないんだけど、この作品はちゃんと必然性がある使い方をされていた気がする。でも盆がまわるにつれてできる奈落と舞台の隙間、万が一オペレーションをミスって盆が逆方向に回転しはじめたらめっちゃ危ないよな……と思って無駄にヒヤヒヤしちゃってた。いや、大丈夫だとは思ってるけど。けど。
日本人、しかも戦中の人間を描いたミュージカルとしてすごくしっくり来た。原作の、あくまで市井の人が生きる様子をありのまま描く雰囲気をちゃんと舞台に翻案していたと思う。ミュージカルという表現形式で、やろうと思えばもっとエモにしたりTHE・悲劇な描き方にもできたと思う(自分も懸念していた)なかで、観客と舞台のほどよい距離感を終始保てていてすごく観やすかった。子役も含めた生身の演者が、目の前で戦禍を生きる。私たちは、ただ俯瞰する。芋をごはんに混ぜ、飢えを凌ぐためにクロッシェを売り、今生の別れが当たり前になっていく。すず達が死を内面化し、日常を「たくましく」生きていく。それが、本当に怖い。すごくあてられてしまい、鑑賞後しばらく日比谷-銀座間を魂が抜けた状態でうろつき、ふと立ち寄った丸の内TOEIの別の映画で無理やり上書きせざるを得なかった。というか、途中から涙を流すというよりは「なんでこの人たちがこんな目に合わなきゃいけないんだ.....!?」という怒りの方がはるかに大きくなり、それ故に玉音放送後のすずが祖国に対しハッキリ"怒りをあらわにする"場面はいくらか溜飲が下がった。それでも前述のモヤモヤに対するエクスキューズとしては少し弱かったように感じる(でもここでばっちし正解を叩き出して「スッキリ」するのは『この世界の片隅に』ではない気もする)。
すごく真摯な作品つくりをしているなと思ったし、仮にこれを欧米圏に持って行くことができたならかなりの快挙だと思うので、これからも再演を重ねて大切に育ててほしいな〜と思います。あと公演前にセルフカバーで曲を商業流通させる施策はすごくすごく良かったのでこれからもいろんな作品が続いてくれたらうれしいですね。